花束書房では、『闘う女たち、歴史になる―世界を揺さぶった女性独立運動家14人の肖像―』(絵:ユン・ソクナム、著:キム・イギョン)の日本語版を2024年刊行に向けて準備中です(邦題は未定)。
本の主人公は、日本の植民地支配に抵抗し、独立運動で闘ったにもかかわらず、名前やあゆみが埋もれてきた14人の女性たち。当連載では、本の魅力をより味わってもらうために関連コラムを刊行までに掲載していきます(第1回目はこちら)。いまの社会運動やフェミニズムにもつながる歴史を、ぜひ知ってください。
今回は、日本版の翻訳者のおひとりである宋連玉さんに、本書に登場する姜周龍(カン・ジュリョン)の関連コラムをご寄稿いただきました。姜周龍は、ゴム工場の労働者として企業に対して高所でのストライキ――「高空籠城」で抵抗した人。その精神は現代まで引き継がれ、市民の連帯をうんでいます。
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時空を超える女性労働者のコンパッション―姜周龍から金鎮淑(キム・ジンスク)へと
2011年の秋、私は釜山市西部にある東亜大学校に短期滞在していた。その頃、韓進重工業(会長:趙南鎬〈チョ・ナモ〉)釜山影島造船所の一方的な整理解雇に抗議し、2011年1月6日から高さ35メートルのクレーン上で闘いを続けていた女性溶接工がいた。冬から春、夏から晩秋へと四季が一巡する矢先の309日目に、その女性は整理解雇者への早期復職を企業側に約束させ、クレーンから下りてくることになったのである。高空籠城の健闘を讃えるために多くの支援者がクレーンの下に集まったが、私はまったく部外者であるにもかかわらず釜山在住の友人の誘いで、歴史的な瞬間を目撃する幸運に恵まれたのである。
その困難な闘いを成し遂げた主人公の名は金鎮淑。
自らの10か月に及ぶ高空座り込みの感動的な記録は『塩花の木』というタイトルで日本語にも訳されている(裵玲美・野木香里・友岡有希共訳、耕文社、2013年)。タイトルの塩花とは、労働者の背中に汗とともに排出された過剰な塩分が作業服の表面に浮き出た状態を表わしている。「朝礼の時間、並んで立っていると、彼らの背中には白く満開の花が咲き誇っていた。(中略)早春に咲きはじめ、晩秋に悲しく散る花」(44頁)。文章を書きたかったのではなく、言葉を発したかった(45頁)という金鎮淑のこの短い文章にも、過酷な労働が雄弁に表現されている。
整理解雇しようとする企業側の横暴に対し高空籠城で抗議する闘いは、2003年にすでに金主益(キム・ジュイク)が決行していたが、129日目にクレーン上で命を絶った。享年40歳、妻と三人の子どもを残しての死だった。「胸が潰れ、身震いするその死」(13頁)はさらにその後も続いたが、金鎮淑は「労働者の自殺は社会的他殺だ」と訴えながらもクレーンに上ることには躊躇した。
しかし労働争議の結果、企業側は何度も労働協約と労使合意に違反し、約束を守れと闘った労働者たちだけが処罰を受けた。労働者は刑事法的制裁だけではなく損害賠償や仮差押えなどの民事的措置まで、あるゆる足かせで手足を縛られた。
李明博政権下で、2011年の整理解雇撤回闘争はそれまで以上に困難を極めた。希望退職を迫られていた年配の組合員たちの相次いだ突然死に、金鎮淑は「誰か本当に、命がけで闘う人が切実に必要だ」(21頁)と思い、ついにクレーンに上ることを決意した。同僚・金主益の死から8年後、鎮淑が満50歳のときのことである。
クレーンに上った金鎮淑の孤独な闘いを支えたのは「希望のバス」だった。ツィッターで伝えられる金鎮淑の言霊に戦慄を覚えたという詩人・宋竟東(ソン・キョンドン)は鎮淑ヘの支援者をバスで動員し、影島造船所に向かうことを発案した。そこに女優の金ヨジンをはじめ多くの市民、大学生たちが16台のバスを連ね、釜山に向かった。こうして6月から始まった「希望のバス」はおよそ月一回の頻度で送られ、無事に鎮淑がクレーンを下りる日まで連帯のエールを送った。
もちろん金鎮淑がクレーンから下りても労働者の要求が貫徹したのではなく、今もなお「未完の革命」として課題は続いている。金鎮淑が「最後の解雇労働者」として37年ぶりに復職したのは2022年2月のことであるが、復職を退職と同時に認めたのは前年12月に韓進重工業(※)を買収したHJ重工業だった。金鎮淑の復職は「背任」に当たるとして最後まで要求を拒否した韓進重工業に対し、HJ重工業は「人道的観点から名誉復職と退職の道を開く」と美辞麗句を並べたが、会社側としては失うもののない巧妙な取引きでもあった。
それでも狡猾な権力の暴力に屈しない金鎮淑の人権闘争は1930年代の「滞空女」姜周龍をほうふつとさせる。姜周龍の闘いは『闘う女たち、歴史となる』に詳しいが、警察の拷問がもとで31歳の若さで亡くなった姜周龍は、労働者がストをするのは「自分の食い扶持を確保するため」ではなく「労働運動は人間らしく生きようとする人間運動であり、社会運動です」と語っている。ともに非人間的な待遇を拒否する労働者へのコンパッションである。
韓国ドラマ『クイーンメーカー』(Netflix)ではフィクサーとして生きてきたファン・ドヒ(金ヒエ)が、人の命を踏みにじる大企業に復讐するために人権弁護士オ・ギョンスク(文ソリ)を市長選に出馬させる。オ・ギョンスクが非正規雇用者500人の不当解雇に抗議するために当該企業の自社ビル屋上に座り込みをしているところに、それを阻止するために近づいてきたファン・ドヒ、ここから二人の物語は始まる。オ・ギョンスクが闘いの様子を生配信したり、会社側の阻止に抵抗しようとオ・ギョンスクが屋上から排泄物をかけること、ビルの下にデモ参加者が集結する、などは姜周龍から金鎮淑へと連綿と続く闘いにモチーフを得ており、このドラマのテーマに賛同する二人の実力派女優を配し、大衆的なドラマに仕立てているところにも韓国民主主義の現住所が表れている。
宋連玉(そん よのく/朝鮮近現代史・ジェンダー史)
※韓進重工業:ちなみに2014年12月、「大韓空港ナッツリターン事件」で世間を騒がせた「ナッツ姫」こと趙顕娥(チョ・ヒョナ)は韓進重工業会長・趙南鎬の姪に当たり、趙南鎬(チョ・ナモ)の父親に当たる韓進グループ創業者の趙重勲(チョ・ジュンフン)はベトナム戦争時に米軍相手に武器や物資などの輸送で「ベトナム財閥」となったのだが、それを助けたのが「日本の黒幕」小佐野賢治である。
『塩花の木』(金鎮淑著、裵玲美・野木香里・友岡有希共訳、耕文社、2013年)。帯には、クレーンから降りてきた金鎮淑さんの姿が。鎮淑さんと詩趣隊人に花束が贈られた。
“零細商人たち、撤去民たち、非正規雇用と解雇された労働者たち、障がい者たち、セクシュアル・マイノリティたち、女性たち、授業料に絶望する学生たち、至るところで倒れ踏みにじられる人生があります。しかし私たちには、乗り換えるバスなどありませんでした。不正と腐敗と破壊と野蛮に向けてひた走るこの絶望のバスから降りることなど考えも及びませんでした。しかし今、私たちはようやく自分たちの手で、新たなバスを用意しました”
――206日目 第三次希望のバス―演説全文(321頁)より
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